Tuesday, July 26, 2016

相模原の狂気殺人は健常人の持つ狂気を顕在化させたものにすぎないではないか!誰しも親達が感じていた位に鬱積し気持ちを更に永遠に近い位に封印したのかも知れない。犯人は介護の現場で裏も表も地獄を見てしまったのだろう。犯人なりの合理性を見つけてしまったのだ。そして愚かにも実行してしまったのだ。制度は過剰過ぎる期待を社会から一身に受け、溢れんばかりのお荷物を背負っていたのだ。声には出せない歓喜の声が漏れているではないか!犯人だけの責任なのか?社会、制度の陥穽に落ちた一狂人の仕業で終わらせて済む問題なのだろうか?政治が扱える位神経を細く使い得る領域であるかは解らないが。

Friday, July 22, 2016

日本はと言うか日本人は問題が発生しても根本治癒を中々なおおざりにしがちではないのか?と言うのは、毎年繰り返される自然災害を国家単位で対策をとって、大きな被害の軽減可能な筈であるのに大概は後の祭りで済ませているのである。この国に国家の大計など計れるか要求するのが間違っているのかも知れない!国家的規模で出来る筈事は幾らでもある筈である。旧民主党が国家戦略室を作って直に休眠させてしまったがやる気があってもこの国は育てられないのである。子供の様な国家ごっこ遊びになってしまうのである。

Wednesday, July 13, 2016

「天皇が生前退位?!」「良いじゃないですか!好きにさせてあげれば良いじゃないですか!」「余り煩い事言わないで自由にさせてあげれば良いんですよ!もっとやりたい事あるんじゃないですか?テニス三昧とかね〜!」「パソコンとかね〜!」

Tuesday, July 12, 2016

公約に掲げてない事を政治的決定する事をチェック出来るのは政党もさる事ながら、メディアもチェック出来るはずである。それを放棄したのならメディアも同罪ではないのか?!安保法制など典型である。事が相当進行してしまってから警鐘を鳴らしてももう遅いかも知れない!メディアが出来ることを先行的に行なってほしい!そうしなければ政治家はトンデモナイ計算を尽くして事を進めているという事を知るべきである。
政治的志願者は決意の為並々ならぬ決意が必要であったろう事を思うと迂闊な事は言えないのであるが、政治的トップに立つのであれば、斬新なアイディアと視点が欲しいのである。トップに立って新しい成果を挙げて貰いたいと思う。
刑事裁判判決で執行猶予という判決が出されるが、無罪と同様の受け止めで裁判所後にすることもあり得るのではないだろうか?裁判の後は殆んど通常の社会生活が送れるのだから。執行猶予は一定の社会的奉仕活動等を課す事を条件にすべきではないだろうか?執行猶予が形式な有罪と言われない様にするためにである!
戦後70年経っても未だに広島、長崎原爆投下を卑怯だの道義的責任に言及する人がいるが、私は不思議に思う。アメリカの早期終結論に疑問をてい当時の日本国民が十分情報提供を受けていなかったことを考えれば、最も犯罪的な軍関係者を適切に裁けたのであろうか?抑日本自体が内省の機会を持てたのだろうか?日本人全体が戦争を遂行してた時期に何の正当性を敵国に主張出来ない事だったのである。又日本は国民の人権を一顧だにしなかった事が分かっているではないか!何を以って戦争中に起こった全ての事情に正当性を主張しても限定的な事だったと言うしかないではないか!

Saturday, July 9, 2016

参議院の具体的改革案

国会議員は本質的に自己を参議院を本来の姿にする為に議員選挙では敢えて特定の政策の公約を掲げる事を禁止する事を決めてしまうべきではないだろうか?参議院議員は特定の選挙公約を掲げる事はできないと決めれば、且つ政党に所属する事を禁じれば、最早、衆議院のカーボンコピーになる事が出来なくなるのが当然になるだろう。いずれにしても参議院の公約は禁止しなくては意味がないのである。公約がないのだから経歴のみが選択基準としたらどうなのか?目的は参議院の独立性を担保する為にである。